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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)12287号 判決

主文

一  被告は、原告村木一夫に対し金四三万一一一三円、同村木清子に対し金四四万三六六〇円、同高橋真知に対し、金四二万七八三三円及び磯田トシ子に対し金六二万二三四一円並びにこれらに対するそれぞれ昭和六二年三月一日、同年一〇月一日、前同日及び昭和六三年三月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その四を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

被告は、原告村木一夫(以下「一夫」という。)に対し金七一万八五二二円、同村木清子(以下「清子」という。)に対し金七三万九四三四円、同高橋真知(以下「真知」という。)に対し金七一万三〇五六円及び同磯田トシ子(以下「磯田」という。)に対し金一〇三万七二三五円並びにこれらに対するそれぞれ昭和六二年三月一日、同年一〇月一日、前同日及び昭和六三年三月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

被告は、原告村木一夫に対し金七一万八五二二円、同村木清子に対し金七三万九四三四円、同高橋真知に対し金七一万三〇五六円及び同磯田トシ子に対し金一〇三万七二三五円並びにこれらに対する平成六年一月一九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、生命保険及びその再保険を業とする相互会社であり、昭和六一年から、終身型の変額保険「ダイナミック保険ナイスONE」(以下「本件変額保険」という。)の発売を開始した。

2  原告らは、被告との間で、本件変額保険にかかる別紙一覧表記載(一)ないし(四)の契約を締結し(以下、原告らが加入した各変額保険を同表の番号に従い「(一)の変額保険」「(二)の変額保険」というように呼称する。)、それぞれ保険料を支払った。(一)及び(三)の各変額保険については、原告清子がそれぞれ原告一夫及び同真知を代理して契約を締結した。

3  原告らに(一)ないし(四)の変額保険を勧誘したのは、当時被告堺東営業所に所属していた変額保険販売資格者の訴外兵藤トミ子(以下「兵藤」という。)であり、同人は被告との従業員又は履行補助者として、その業務に関して原告らを勧誘し、右各保険契約を締結させたものである。

4  ところで変額保険は、保険料中の積立金を特別勘定に組み入れて上場有価証券等により運用し、その運用実績に応じて保険金額及び解約返戻金額(以下、両者を併せて「保険給付額」という。)を変動させるため、保険給付額は基本保険金額や保険料を下回ることもあり、そのリスクは保険契約者において負担する。従って、この種の保険を勧誘する者は、相手方に右リスクを十分告知説明し、その理解を得たことを確認したうえで契約を締結すべき信義則上の義務があるところ、兵藤は原告清子及び同磯田に対して本件変額保険を勧誘するに当たり、同保険にかかる設計書や約款を交付せず、また変額保険の仕組みやリスクを告げることもせず、「この保険は一番率の良い貯蓄である」「この保険は貯蓄よりも有利な商品で、元本の保証がある」などと不実の事項を述べ、同保険があたかも安全な貯蓄であるかのように誤信させた。

5  (一)ないし(四)の各変額保険の解約返戻金は、それぞれ別紙一覧表(9)記載のとおりであり、原告らは兵藤の右違法な勧誘により同表(10)記載の損害を被った。

6  よって、原告一夫、同清子、同真知及び同磯田は、被告に対し、主位的に不法行為(使用者責任)に基づきそれぞれ右損害額である七一万八五二二円、七三万九四三四円、七一万三〇五六円及び一〇三万七二三五円並びにこれらに対する各不法行為の日(保険契約締結の日)であるそれぞれ昭和六二年三月一日、同年一〇月一日、前同日及び昭和六三年三月一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、予備的に債務不履行に基づき七一万八五二二円、七三万九四三四円、七一万三〇五六円及び一〇三万七二三五円並びにこれらに対する各債務不履行の日(保険契約締結の日)の翌日以降の日である平成六年一月一九日(訴状送達の翌日)から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

(認否)

請求原因1ないし3の事実は全て認める。同4の事実のうち、変額保険の仕組みは認め、その余は否認する。同5の事実は知らない。

(反論)

兵藤は、原告清子及び同磯田に本件変額保険を勧誘するに当たり、同保険の設計書及び約款を交付し、変額保険の仕組みを説明しており、原告らも、右説明を理解して保険契約を締結したものである。

なお、兵藤が平成五年一月二二日付で作成した同原告ら宛の書面(甲九、一〇号証)には、兵藤の同原告らに対する本件変額保険の勧誘文言として「これは一番率のよい貯蓄です」「あくまで貯蓄である」「貯蓄をするよりも有利な商品である」「元本をわることはない」などの記載があるが、これらの書面は、原告清子及び同磯田が村木宅で、「主人からどうしても書いてもらえと言われている。これを書くまで帰さない。書いても人に見せない」などと兵藤を脅したりすかしたりして作成を強要したものであって、兵藤の真意を伝えたものではない。例えば、兵藤は「貯蓄性のある商品だ」「死亡保険金が保証されている」と説明したのに、同原告らによりそれぞれ「貯蓄」「元本保証」という記載にされてしまっている。

第三 証拠〈略〉

理由

一  請求原因1ないし3の事実は、全て当事者間に争いがない。

二  そこで、まず兵藤の説明義務違反の有無について判断する。

1  変額保険のあらまし

成立に争いのない乙九、一〇、一三、一四号証及び弁論の全趣旨を総合すると、変額保険の仕組み及び同保険に対する規制の概要は次のとおりであることが認められる。

(一)  変額保険は、我が国では、昭和六〇年五月三〇日の保険審議会答申「新しい時代に対応するための生命保険事業のあり方」を承け、昭和六一年一〇月から発売が開始された保険であって、保険契約者から払い込まれる保険料のうち保険料積立金を保険会社の一般勘定から分離独立した特別勘定(保険業法施行規則一一条二項、一八条二項、一九条三項四項、三一条三項参照)に組み入れ、これを上場有価証券等に投資して運用し、その運用実績に応じて保険給付額を変動させる仕組みの保険である。

(二)  定額保険においては、資産の運用実績が予定利率を下回ったときのリスクを保険会社が負担するから、保険金額の保証がある。これに対し変額保険では、特別勘定資産の運用が専ら上場有価証券等への投資によって行われるため、必ずしも予定利率を上回る運用実績が上げられるとは限らず、変額保険の保険契約者は、資産の運用実績が予定利率を上回ったときにはその成果を享受することができる反面、下回った場合のリスクを負担することになる。

尤も終身型の変額保険の死亡保険金額については、死亡保障の社会的必要性がなお高いことから、約款において基本保険金額と同額とする旨定められており、その限りでは最低額の保証があり、最低保証金のために必要な責任準備金は、保険会社の一般勘定に積み立てられている。しかしながら解約返戻金については、終身型・有期型を問わず最低保証は設けられていない。

(三)  このように変額保険は、保険給付額が特別勘定資産の運用によって変動するという点において定額保険とはかなり異質の保険であり、右資産運用が専ら上場有価証券等への投資によって行われる点で、保険契約者は投資者としての側面も有していると解される。

従って、このような保険に馴染みの薄かった我が国において保険契約者の立場を保護する必要性は、変額保険の発売当初から指摘されており、例えば前記(一)の答申においても「変額保険が従来の保険商品とは多くの点で性格を異にする面を有することを考慮すると、消費者との間においてトラブルが生ずるおそれがなくはない」「変額保険の募集に当たっては、顧客に対し変額保険の仕組みを、契約者が資産運用のリスクを負担し保険金額が減少する可能性があることを含め十分説明する必要がある。これまでの定額保険の募集のために必要とされている知識に加えて変額保険を正しく販売するための業務知識が求められることから、変額保険の募集のための特別の資格認定制度創設および変額保険の募集知識や募集方法についての教育体制を整備することが適当である」旨の答申がなされていた。

そこでこのようなトラブルを予防する観点から、変額保険においては保険募集の取締に関する法律一四ないし一六条の禁止行為に加え、大蔵省が通達「変額保険募集上の留意事項について」(昭和六一年蔵銀第一九三三号)において「〔特別勘定〕の将来の運用成績について断定的判断を提供する行為」及び「特別運用成績について、募集人が恣意に過去の特定期間をとりあげ、それによって将来を予測する行為」を禁止行為として規定したほか、生命保険協会も通達等により数項目の禁止行為を定めるなどの自主規制を設け、また変額保険販売資格制度を創設するなどした。

以上の事実が認められる。

2  本件変額保険契約締結の経緯及びその後の交渉経過

前記争いのない事実に〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  兵藤は、昭和五七年一二月被告会社に入社し、昭和五八年一月、生命保険協会に生命保険募集人として登録した。そして入社したときから高島屋デパート堺店から出入りの許可をとり頻繁に同店を訪れ、従業員に対して保険の勧誘をしていた。また昭和六一年一〇月一日、変額保険販売資格者として同協会に登録した。

兵藤は、本件変額保険の特別勘定が発売当時相当の高率で運用されており、更にそれが上昇傾向にあるとの見通しをもっていたので、自ら同保険に加入し、更にその勧誘に力を入れていた。

(二)  (一)の変額保険について

(1) 原告清子は昭和五八年八月頃、洋服仕立販売業を営むオンワード樫山にアルバイトとして採用され、昭和六〇年三月頃から同社の派遣店員として高島屋デパート堺店紳士服売り場で働いていた。兵藤は、原告清子に対し、昭和六二年一月頃、同原告の働いていた売り場に来て、本件変額保険を勧誘した。同原告は、昭和六一年六月に、夫である原告一夫を被保険者・契約者とする保険料一五〇万円の、長女である同真知を被保険者・契約者とする保険料一〇〇万円の、次女である同真由美を被保険者、同清子を契約者とする保険料一〇〇万円のそれぞれ被告の一時払定額養老保険(以下「本件養老保険」という。)に加入しており、また右勧誘当時約三〇〇万円の定期預金があった。しかし同原告は、過去に株式取引などいわゆる財テクの経験はなく、変額保険という名称も初めて聞くものであり、定期預金を中途解約までしてリスクのある商品に投資をする意思もなかった。

兵藤は、同原告の言動から、変額保険にリスクがあるのであればこれに加入する意思がないことが分かったが、当時本件変額保険の特別勘定が一四パーセント程度の利率で運用されており、更にこれが上昇するとの見通しをもっていたので、その旨同原告に説明し、定期預金を中途解約して同保険に加入するほうが利率のうえで有利であり、同保険は一番率のよい貯蓄ないし貯蓄性のある商品である旨強調した。その際兵藤は、同原告に対し五年以上据え置くと有利であるなどとも述べた。同原告も右説明により、同保険が安全な貯蓄の一種のような保険であると確信し、保険金額七〇〇万円、保険料約三〇〇万円の同保険に加入することになった。

(2) そこで兵藤は、昭和六二年一月二三日、保険料を約三〇〇万円とする本件変額保険の設計書(乙五号証の2と同一の体裁のもの)を作成して同原告に提示した。右設計書には同保険の特別勘定の運用実績が〇パーセント、四・五パーセント、九パーセントの場合の保険給付額が記載されていたが、兵藤は当時の運用実績が右九パーセントよりもかなり高いことを強調した。しかし兵藤は同原告に、場合により解約返戻金が払込保険料を割り込むことがあるとは述べなかった。そこで、同原告は前同日、兵藤が持参した同保険にかかる「生命保険契約申込書」(乙一号証の1)の被保険者及び保険契約者欄にそれぞれ原告一夫の氏名を手書し、その名下に押印をした。

その際、兵藤は原告清子に対し、同保険にかかる「ご契約のしおり、定款・約款」(乙九号証と同一の体裁のもの)を交付した。しかしこれらの資料は、よくその説明を聞かなければその内容を理解することは難しく、兵藤も同原告がこれを読んでもその内容を把握し、変額保険のリスクを理解することができないことは分かっていたし、同原告も兵藤の説明から、右のように変額保険は銀行預金よりも利率のよい貯蓄のような保険であると信じていたので、これらの資料に目を通すことはなかった。

(3) 同原告が申し込んだ右保険の保険期間の始期(契約日)は同年三月一日とされていたので、同原告は同年二月中に「告知書」(乙一号証の2)に必要事項を記入し、これを兵藤に交付するなどしたが、その際も兵藤が同原告に対し、本件変額保険の商品特性等について説明したことはなかった。また、兵藤は同原告の勤務時間中に来店し、接客のない合間を見て立ったまま勧誘することを常としていたので、(一)の変額保険の勧誘から契約締結までを通じ、同原告が兵藤から十分な時間を割いて同保険の説明を受けたことはなかった。

(4) (一)の変額保険にかかる保険契約は同年三月一日に締結され、兵藤は同原告に生命保険証券(甲一号証の1、2)を交付し、同原告は定期預金を中途解約して保険料の支払いに充てた。

(三)  (二)及び(三)の各変額保険について

(1) ところで原告清子は、前記(二)(1)のとおり三口計三五〇万円の本件養老保険に加入していたが、兵藤は本件変額保険の方が利回りがよいと考えていたので、同原告に対し同年九月頃、右養老保険を解約して本件変額保険に加入することを勧誘した。

兵藤は同原告に対し、同保険の特別勘定が相変わらず一四パーセント程度で運用されていることを告げ、運用実績がそれよりも下がる可能性を全く示唆しなかったので、同原告は同保険が貯蓄性のある安全な商品であるとの確信を強め、これに加入することにした。尤も、同原告自身は当時医者に掛っていたこともあり、被保険者は原告真知及び同真弓とし、それぞれ右養老保険の解約返戻金を折半して保険料の支払いに充てることになり、また同真弓に関しては、同原告が大学生だったので、保険契約者を原告清子とすることになった。

(2) そこで兵藤は、同月一〇日、保険金額一二〇〇万円と一一〇〇万円、各保険料を約一七〇万円とする二口の本件保険の設計書(乙六、七号証の各2と同一の体裁のもの)を作成して同原告に提示し、同原告は兵藤が持参した(二)の変額保険にかかる「生命保険契約申込書」(乙二号証の1)の被保険者及び保険契約者欄に原告真知の氏名を手書し、その名下に押印をした。また、(三)の変額保険にかかる「生命保険契約申込書」(乙三号証の1)の保険契約者に署名したが、被保険者(原告真弓)については保険契約者と同一の筆跡では具合が悪いという兵藤の判断で兵藤が原告真弓の氏名を手書し、その名下に押印し、また保険契約者の押印が原告真知及び同真弓の押印と同一の印鑑になるのも都合が悪いということで、兵藤が購入したいわゆる三文判で押印した。その際、兵藤は原告清子に対し、同保険にかかる「ご契約のしおり、定款・約款」(乙九号証と同一の体裁のもの)を交付した。

(3) 同原告が申し込んだ(二)及び(三)の各変額保険の保険期間の始期(契約日)は同年一〇月一日とされていたので、同原告は同年九月中に「告知書」(乙二、三号証の各2)に必要事項を記入し、これを兵藤に交付するなどしたが、その際兵藤が同原告に対し、本件変額保険の商品特性等について説明したことはなかった。また(一)の変額保険のときと同様、右各変額保険の勧誘から契約締結までを通じ、同原告が兵藤から十分な時間を割いて変額保険の説明を受けたことはなかった。

(4) (二)及び(三)の各変額保険にかかる保険契約は同年一〇月一日に締結され、兵藤は同原告に生命保険証券(甲二、三号証の各1、2)を交付し、同原告は同年九月中途解約した本件養老保険の解約返戻金を保険料の支払いに充てた。

(四)  (四)の変額保険について

(1) 原告磯田は主婦であるが、昭和四九年頃から高島屋デパート堺店の塩干物売り場でパート店員として働いていた。兵藤は、原告磯田に対し、昭和六三年二月頃、右塩干物売り場に来て本件変額保険を勧誘した。同原告は、昭和六一年頃他社の五年満期の一時払定額養老保険に加入しており、また社内預金も三〇〇万円程度貯まっていた。しかし、同原告も過去に株式取引などいわゆる財テクの経験はなく、変額保険という名称も初めて聞くものだった。

兵藤は、同原告の言動から、変額保険にリスクがあるのであればこれに加入する意思がないことが分かったが、当時本件変額保険の特別勘定が一四パーセント程度の利率で運用されており、更にこれが上昇するとの見通しをもっていたので、その旨同原告に説明し、同保険が貯金よりも有利な商品であることを強調した。また兵藤は同原告に元本保証があるとも述べた。それで同原告は利率の変動することは理解し得たが、解約返戻金が保険料を下回ることはないと思っていた。

(2) 兵藤は、昭和六三年二月一八日、保険金額を九〇〇万円、保険料を約三〇〇万円とする本件変額保険の設計書(乙八号証の2と同一の体裁のもの)を作成して同原告に提示した。右設計書には同保険の特別勘定の運用実績が〇パーセント、四・五パーセント、九パーセントの場合の保険給付額が記載されていたが、兵藤は当時の運用実績が右の九パーセントよりもかなり高いことを強調した。そこで、同原告は前同日、兵藤が持参した同保険にかかる「生命保険契約申込書」(乙四号証の1)の被保険者及び保険契約者欄に署名押印をした。

その際、兵藤は同原告に対し、同保険にかかる「ご契約のしおり、定款・約款」(乙九号証と同一の体裁のもの)を交付したが、同原告がこれを読んでもその内容を把握し、変額保険のリスクを理解することができないことは分かっていた。

(3) 同原告が申し込んだ右保険の保険期間の始期(契約日)は同年三月一日とされたので、同原告は同年二月中に「告知書」(乙四号証の2)に必要事項を記入し、これを兵藤に交付するなどしたが、その際兵藤が同原告に対し、本件変額保険の商品特性等について説明したことはなかった。また、兵藤は同原告の勤務時間中に来店し、接客のない合間を見て立ったまま勧誘することを常としていたので、(四)の変額保険の勧誘から契約締結までを通じ、同原告が兵藤から十分な時間を割いて同保険の説明を受けたことはなかった。

(4) (四)の変額保険にかかる保険契約は同年三月一日に締結され、兵藤は同原告に生命保険証券(甲四号証の1、2)を交付し、同原告は社内預金を解約して保険料の支払いに充てた。

(五)(1)  原告磯田は、平成四年末頃、他の保険会社の外務員から、本件変額保険の解約返戻金が保険料を下回ることもあり得ることを指摘され、このとき初めて同保険がリスクの大きい商品であることを理解し、兵藤を何回か自宅に呼び寄せ、苦情を述べた。

(2) 原告清子も、その頃同磯田から同保険のリスクが大きいことを告げられ、そのことを初めて理解したが、丁度娘である原告真知の結婚資金を必要としており、同保険の解約を考えていたので、原告一夫と相談した。同原告が被告会社に赴き説明を求めたところ、「勧誘の仕方について何か証明できるものがあれば、当社としても考えないことはない」とのことだったので、原告清子及び同磯田が、勧誘時の状況について兵藤に一筆書いてもらうことになった。

(3) そこで、同原告らは、平成五年一月二二日、兵藤に村木宅に来てもらい、勧誘時の状況について書面に書いてほしいと要求した。このとき同宅には、同原告、原告磯田、兵藤の三人以外はおらず、兵藤は帰ろうと思えばいつでも容易に帰ることのできる状況にあった。しかし兵藤自身、自分の勧誘の仕方に不適切な点があったと思っており、原告らに損害を発生させてしまったことを心苦しく思っていたので、右要求に応じ、勧誘当時の状況を同原告らと思い出しながら書面に記載することにした。

(4) 兵藤は、右甲九、一〇号証を記載した後、署名押印してこれらの書面を同原告らに交付した。

右書面の記載内容は次のとおりである。

甲九号証には、村木様と宛名を記載し、1、これは一番率の良い貯蓄です。2、五年以上はおいてください。3、銀行の定期預金を解約して加入してもらった。4、あくまで貯蓄であると説明した。5、五年以上おくと有利だと説明をした。

旨の記載がある。

また甲一〇号証には、磯田様と宛名を記載し、1、貯金をするよりも有利な商品であると言った。2、契約をした時点で「元本を保証するのか」と聞かれたので、元本をわることはないと言った。3、変額にするか、定額にするかと言った時「元本保証なので変額でよい」と言われた。

旨の記載がある。

以上の事実が認められる。

原告らは、原告清子及び同磯田が兵藤から本件変額保険を勧誘されたとき、設計書や約款の交付を受けなかった旨主張し、甲一二号証及び原告村木清子本人尋問の結果中には右主張に副う記載及び供述部分があるが、証人兵藤トミ子の証言及び原告磯田トシ子本人尋問の結果に照らし採用することができず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

また被告は、甲九、一〇号証について、兵藤が原告らから脅かしたりすかしたりして作成を強要されたものであって真意ではない旨、また甲一〇号証の記載内容も、勧誘のときは、「死亡保険金が保証されている」と述べたに過ぎないのに、「元本保証」とすり替えられて記載させられた旨主張し、証人兵藤トミ子はそれに副う証言をする。

しかし前記認定の事実からすると、兵藤が原告らから強要されて右各書面が作成されたとは到底いうことができない。また前記のとおり原告らは社内預金や銀行預金よりも利回りのよい金融商品を求めていたものであるから、原告らにとって解約返戻金の金額が問題であり、この点からすると「死亡保険金が保証されている」ことには関心がないはずである。従って兵藤は原告磯田を勧誘するとき「元本保証」という言葉を使ったからこそ同原告が勧誘に応じたと認めるのが相当である。

そうすると、この点についての証人兵藤トミ子の証言は採用することができず、他に被告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

3  被告の責任について

前記1に認定のように、変額保険がその発売当初、我が国において必ずしも周知性のある商品ではなかったこと、変額保険は保険給付額が払込保険料を下回ることもあり得る点で従来の保険商品とはかなり性格を異にする商品であること、変額保険の右のような特性に照らし、勧誘に際しての禁止行為が規定されていることなど諸般の事実に鑑みると、変額保険契約を勧誘する保険会社において、同契約の約款や設計書を交付しさえすれば債務不履行又は不法行為責任を負わないと解すべきではない。変額保険の勧誘段階において、勧誘の相手方が同保険の前記商品特性を理解しておらず、仮に契約締結前にそのリスクを理解していたならば同契約を締結しないこともあり得ると考えられる場合、勧誘者は右商品特性の大要について相手方の理解が得られるまでこれを告知・説明すべき義務があるというべきであって、そのような義務を怠って保険契約を締結した場合、勧誘者において相手方が右商品特性を理解していないことを知り得なかったなどの事情のない限り、右勧誘者の行為は違法性を帯びるものと解するのが相当である。

これについて本件を検討する。

以上の認定事実によれば、兵藤は、(一)ないし(四)の各変額保険契約を締結するに当たり、原告清子及び同磯田が変額保険のリスクを理解しておらず、仮に契約締結前に右リスクを理解していたならば同契約を締結しないこともあり得ると考えられたにもかかわらず、右リスクについて同原告らの理解が得られるまでこれを告知・説明しなかったばかりか、却って変額保険が貯蓄性のある商品であるとか元本が保証されているなどと申し向け、同原告らの誤信を深めているものであり、他に兵藤において同原告らが変額保険の右リスクを理解していないことを知り得なかったなどの事情を認めることもできないから、兵藤には説明義務違反があったものと認めるのが相当である。

なお、前記認定のとおり、兵藤は原告清子及び同磯田に対し「ご契約のしおり、定款・約款」(乙九号証と同一の体裁のもの)及び設計書を交付したものであるが、これらは前記のとおり、説明を聞かなければ、それ自体において内容を把握することが難しいうえ、原告清子についていえば、兵藤から本件変額保険が「貯蓄である」とか少なくとも「貯蓄性のある商品である」、「五年以上おくと有利だ」などと言われ、原告磯田についていえば、兵藤から「元本は保証される」と説明を受けて(仮に兵藤が「死亡保険金保証」の意味で「元本保証」の言葉を使ったとしても、原告磯田がそれを「払込保険料の返戻が保証されている」との意味に解釈したことをもって、非を問うべきものではあるまい。)それぞれ勧誘を受けたものであること、同原告らはいずれもデパートのパート従業員兼主婦であって、それまで財テクなどに手を出したこともなく、長年かけてコツコツ貯めた比較的少額な預貯金等を本件変額保険に注ぎ込んだものであることなどからすると、兵藤のやや杜撰に過ぎる勧誘のやり方を咎めず、同原告らに対し自己責任の原則を振りかざして、約款や設計書を読みこなせなかった原告の態度のみを詰めるのは酷に過ぎるというべきであり、右各書面を同原告らに交付したことをもってしても、前記判断の妨げになるものではない。

従って兵藤の前記行為は違法であり、被告は民法七一五条により不法行為の責任を免れない。

三  成立に争いのない甲一四ないし一七号証によれば、(一)ないし(四)の各変額保険の平成七年五月一日時点での解約返戻金額は、それぞれ別紙一覧表の現在の解約返戻金欄に記載のとおりであることが認められるから、原告らに発生した損害は同表損害欄記載のとおりであることが認められる。

また前記一、二の事実によれば、仮に兵藤が本件変額保険を前記認定の態様で勧誘しなければ、原告らは同保険に加入することはなく、従って右損害は発生しなかったことが認められる。

四  次に、過失相殺について判断する。

1  前記一及び二の事実に成立に争いのない甲六ないし八号証、前掲甲一二、一三号証、証人兵藤トミ子の証言並びに原告村木清子及び同磯田トシ子の各本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告清子及び同磯田は、同原告らの収入に照らし決して少なくない保険料の本件変額保険に加入するにあたり、変額保険という名称も聞いたことがなかったにもかかわらず、兵藤の説明をそのまま信用し、同人に十分な説明を求めなかった。

(二)  また原告らは、兵藤から設計書及び約款の交付を受けながらこれを検討することなく、本件変額保険契約を締結した。また保険契約締結後も被告からの変動保険金額の通知に接しながら変額保険の仕組みや特性を理解しようとしなかった。

以上の事実が認められる。

2  右認定事実によると、原告らは注意を払えば変額保険の特性についてある程度の理解をし、契約の締結を留保するなり早期に解約返戻金の交付を受けるなりして損害の発生又は拡大を未然に防止できたにもかかわらず、兵藤の説明に依存し、安易に契約に応じたものであるから、損害の発生及び拡大について落ち度があるというべきである。

他方、前記一、二の事実によると、兵藤は、原告らの職業、収入状況、投資経験などから原告らが安全な保険を期待していることを知りながら本件変額保険を勧誘し、そのリスクを説明しないどころか貯蓄性のある安全な商品であるなどと申し向けてその誤信を深めたものであり、その説明義務違反の違法性は顕著なものであったということができる。

そこで右のような諸般の事実に鑑み、原、被告双方の過失を対比すると、原告らの損害額から四割を減額するのが相当である。

従って、被告が原告らに対し賠償すべき損害額は、(一)ないし(四)の各変額保険につき、それぞれ前記損害額の六割に当たる四三万一一一三円、四四万三六六〇円、四二万七八三三円及び六二万二三四一円となる。

五 よって、原告らの本件請求は、不法行為に基づき、(一)ないし(四)の各変額保険から生じた損害額のうちそれぞれ四三万一一一三円、四四万三六六〇円、四二万七八三三円及び六二万二三四一円並びにこれらに対するそれぞれ不法行為の日(変額保険契約締結の日)である昭和六一年三月一日、同年一〇月一日、前同日及び昭和六二年三月一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

一覧表

ダイナミック保険ナイスONE

(変額保険終身型)

(編集注・第一審判決原本写し)

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